GW真っ只中。
10連休。
皆さん、お出掛けはどちらまで?
ああ、いいな、日頃の疲れを癒しておいで。
まぁ、こちとらサービス業なのでそんなもの存在しないが。
さて。
GWという事は、TRPの時期だと認識してる方もいるかも知れない。
TRP、東京レインボープライド。
いわゆる性的マイノリティ・LGBTの祭典なんて呼ばれ方もあるのだが、
(性的マイノリティの存在を社会に広める、という趣旨も含んでいるので、あながち間違ってはいないのだが)
ヘテロセクシュアルやレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルをはじめとした性的指向、
シスジェンダーやトランスジェンダー、エックスジェンダーをはじめとした性自認など、
その数や割合の大きさ関係なく、また多様な性のあり方のいかんを問わず、
すべての人が、より自分らしく誇りをもって、
前向きに楽しく生きていくことができる社会の実現を祈願するイベント、
というのが本来の趣旨だろう。
「"性"と"生"の多様性」を祝福するこのイベントは、
毎年、桜が散って青々としてきた代々木公園で開催される。
俺自身、所属していた団体の関係で3年前くらいから、毎年、足を運んでいる。
当時はブースを運営するスタッフの一員だったが、最近はもっぱら客の立場で参加し、同じ団体のメンバーや恩人・友人たちと邂逅できる唯一の場だと考えている。
若さと熱情を振りかざして、駆け抜け得られた経験。
大きな失敗と、大きな成長をもたらしてくれた、取り返せないが掛け替えのない時間。
自分という人間の芯と限界。
つまり、今の自分を形作るに至った無類の得難い要因たち。
そしてその時、一緒に努力し支えあってくれた人たちの姿を、まざまざと思い出させられる。
そういえば、俺自身の性的指向がマイノリティに属する事は、
家族にも、友人にも、そして仕事場でも、カミングアウトしているが、
そこに至るまでの決意や背景はあまり語ってきてはいなかったように思う。
いい機会だし、暇な人は聞いてって。
ーーー
遡る事、中学生。
当時の自分はまだゲイとか同性愛とか云々の前に、性について無頓着だった。
だから、初めてクラスメイトの男の子に想いをぶつけられた時は一思いに拒絶してしまった。
「気持ち悪い」
その子とは一定以上の距離をとった。
進学先も違ったし、もう会うこともないだろうと思った。
高校生になり、保育園の頃から幼馴染みである女の子の恋人を持つも、
自身が同性に惹かれることが徐々に明白になっていった。
修学旅行中に抜け駆けして初めてリアルした事、
放課後に彼女に黙ってドライブデートをした事、
東京に一人で遊びに行った事、
同い年の男の子に勢い余ってキスした事。
そのどれもが田舎者の自分にとっては新鮮で、美しくて、自分への嫌悪感ばかりが募っていった。
受験期。
「おい、こっちに来い」
部屋で勉強中、不意に母親から呼び出しをくらった。
先に断りを入れるが、もともと家族とは犬猿の仲だ。
促されたのは自身のパソコンの前。
肌色の映像と流れる喘ぎ声。
しかも男性同士のもの。
履歴の一部を消し損ねていたようだ。
「気持ち悪い」
何の心の準備もしていなかった。
あの日自分が吐いた言葉と、同じ言葉を、母親から言われるとは思わなかった。
「あぁ、だから何?」
そう言ってまた距離を置いた。
俺の秘密は、その日の家族会議で瞬く間に家族全員に知れ渡ってしまった。
家族とは口を利かなくなった。
いや、利けなくなった。
「気持ち悪い」
そう耳打ちされるたびに、洗面台でなんどもなんども手を洗った。
気持ち悪くなんかない、気持ち悪くなんかない。
そう思っても蛇口の水は止まらなかった。
それからしばらく過ぎた頃だろうか、
家に一通の封筒が届いた。
とうに忘れていた、
クラスメイトだった男の子の、訃報。
彼は大人になる前に自ら命を絶ってしまった。
理由は知らない。
何か深い訳があったんだろう。
そう思おうにも、彼の秘密を間違いなく俺は知っている。
それを否定してしまったのは、間違いなく俺。
同じ理由で家族から今まさに否定されているのも、間違いなく俺。
自分への嫌悪感が抑えきれなくなった。
センター試験直前だった。
彼女と別れた。
彼女は泣いていた。
大学進学の試験はめちゃくちゃだった。
先生から浪人を勧められたが、
なんとか受かった滑り止めの大学への進学を口実に、
美しい思い出と、嫌悪の蔓延る町と、亀裂の入った家庭環境から逃げるようにして上京した。
もう同性を好きになるのは辞めよう。
そう息巻いたところで、やはり自分は男性が好きなままだった。
そうこうして燻っている大学生活の中で出会った団体が、先に話に出した団体だ。
小学校〜大学、教職員研修、地方・行政団体、企業などへ出向き、
多様な性のあり方について考えを促す講演を行ったり、
道徳の授業で使える教材を作ったり、
イベント運営や就職支援なんかも行なっている。
最初はマイナス要素でしかない自身の要素をプラスに還元できるなら、くらいの思いで始めた。
しかし、活動の中で
「教えてくれてありがとう」
「生きててくれてありがとう」
と言ってもらえて、あぁ、やっぱり、悪い事じゃないんだと、生まれて初めて心から思えた。
そんな言葉たちに触れる中で、少しずつ俺の中でひとつの意識が芽生えた。
クラスメイトだった彼がこの世を去った理由を測り知ることは今更不可能だろうが、せめて彼が報われてほしいと願う。
なら俺がしなきゃいけない事は、
ゲイであっても笑って生きていくことができるんだと、
ゲイである俺が言い張る事だ。
ゲイである自分の存在が周囲に認められる事だ。
それがいつしか実になれば、クラスメイトだった彼だけじゃなく、
今を生きている、そしてこれからを生きていく、様々な背景を持つ人、
そしてあの日挫けてしまった自分自身をも肯定できるんじゃないかと信じている。
今では、当時の彼女や地元の友人、家族など、
俺に関わるほぼすべての人へ改めてカミングアウトをしているが、
現在に至るまで、全ての選択が正しかったとは思わない。
ここでは語りきれないほど、たくさんの間違いや失敗を経験してきた。
だからあくまで、
どこにでもいる一人の人間の、どこにでもある戯言だと思ってくれていい。
むしろその方がずっと気楽だ。
大げさなことじゃなく、ありふれた些細なことなんだと、
どこにでも、誰にでも、ありうる光景なんだと、
今の社会では難しいかもしれないけど、
まずは自分の周りから。
ーーー
平成最終日、東京に遊びに来てくれた地元の友人たちと昔話をした。
そんなこともあったなって。
バカみたいに笑えた。
せめてあんたらがこの先の10年後も笑って生きていてくれることを祈って、手紙を書いたよ。
らしくねえだろ。
TRPは初日だけ参加した。
懐かしい面々と再会できて、なごましい気持ちになった。
平成の戯言は平成の世に置いていって。
今度は令和で会おう。
P.S.
日記書いてて、ふと聴きたくなった曲。
19歳の自分って、3年前か。
まだまだ最近なようで、すごく昔の事のように感じるな。
本日の空模様は、、、。
些細で、たわいもない。 そんな枝葉末節の機微に揺さぶられる 日々の空模様を綴ります。 大したことは書けません。 大した人間じゃないから。 くだらない事は書けます。 くだらない人間だから。
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