前回の日記から1週間ほど経ったところだし、ぼちぼち日記でも書こうかね、ぼちぼち。
この1週間、何がどうだったかって、取り上げるとしたら休日の素晴らしさよね。
有り難み、天の恵み、思し召し。
学生時代よりも贅沢に時間を使えている現状に甘ったれている。
学生の時もそれなりにやることはやっていたつもりだが、如何せん休む時間がなかったようにも思う。
以前ツイートしたように、学生時代は朝早起きして課題に取り組み、平日1限から大学の講義、空き時間に終わらなかった分の課題・研究、大学終わったら日付を超えるまで掛け持ちでアルバイトをし、祝日休日、クリスマスや年末年始でさえも予定さえなければ朝から深夜まで働き通した。
仕送りも奨学金もなければ、頭の悪い自分には身を削って稼ぐしか生活する手段が見つけられなかったのよ。
それでも余分に稼いだ分で片手間にNPOでの活動をぼちぼち、趣味もぼちぼち、友人恋人との交流にもぼちぼち、時間を割けてはいたので十分その生活には満足していたが、家でじっくり休む、という日は、果てさて確かに無かったなあと思う。
ちょうど学生時代の手帳を見返してみたところだが、どの日も予定はギッチギチ。
いつ休んでたの?って感じだ。
なのに打って変わって、社会人になった新年度。
正確には4月11日付で社員、それまでは非常勤枠だが、新年度迎えた時点で扱いは立派な社会人。
4月が始まって今日までのうち、合計5日も休みだった。
9日中、5日だぜ。
今、手帳見返してびっくらこいたわ。
ぼちぼち、どころの騒ぎじゃねえ。
実のところ、社員登用試験の兼ね合いで今期の前半に15連勤した埋め合わせでもあるのだろうが。
サービス業にしてはびっくりするほどホワイトな企業だなとつくづく思う。
その分、最初のうちは薄給だけどな。
まあいいか、非常勤の時もお世話になった自主残業の出番だ。
ところで先日、彼氏との会話でハッとしたことがある。
俺「次の休み、どこ行こっか?」
彼「出かけるのもいいけど、家でゆっくりするのもいいんじゃない?」
一見、自然な会話にも見えなくもない。
しかし、俺の頭の中には"家でゆっくり"する、という選択肢自体がそもそもないことも読み取れた。
何かしていなければ、動かなければ、予定を埋め尽くさなければ、無意識下の詰め込み思考。
それに気付かされた瞬間だった。
たまたま彼がインドア派だったこともあるが、会社の休みの多さといい、何かと詰め込み過ぎな自分をぼちぼち見つめ直せと神様から言われているようだ。
あれ、神様なんてとうの昔に阿佐ヶ谷のボロアパートで首吊ったんじゃなかったっけ。
いや今はそんなことどうでもいいや。
もう若くないし、徐々に歩幅を緩めながら、ぼちぼち生きていこうかね、ぼちぼち。
本日も晴天。
ぼちぼちって言いたいだけの日だった。
本日の空模様は、、、。
些細で、たわいもない。 そんな枝葉末節の機微に揺さぶられる 日々の空模様を綴ります。 大したことは書けません。 大した人間じゃないから。 くだらない事は書けます。 くだらない人間だから。
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